『走る詩人』 加澄ひろし

サブフォーを目指さない文化系ランナーの独り言

パリを走る その3

『走る詩人』加澄ひろしです。

 

昨年の秋(2019年9月)、フランスのパリに行ってきました。
4泊滞在のついでに、セーヌ川沿いをランニングしてきましたので、その時の思い出を書きます。長くなりそうなので、数回に分けることにしました。

今回は、その3です。

 

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エッフェル塔のたもと、セーヌ川にかかるイエナ橋の向こう岸は、小高い丘になっています。丘の上にはシャイヨー宮と称する大きな翼を持つ立派な建物があり、その中央のテラスからエッフェル塔を正面に見る景色は、パリの代表的な風景として知られています。

 

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走った距離は、まもなく7キロになろうとするところでした。まだ足に力が余っています。まずはシャイヨー宮に向かうなだらかな傾斜地を駆け上がり、景色を眺めてリフレッシュし、それから、坂を駆け下りて、ふたたびイエナ橋を渡ってエッフェル塔にもどってこよう、というのです。

 

日も上がり、やわらかな日差しのある午前中でした。エッフェル塔周辺には既に人だかりができており、橋を行き交う人の数も少なくはありません。人にぶつからないように気をつけながら、橋を渡り、信号を待って、僕は丘のふもとに立ちました。

観光客目当てのおみやげ屋台を横目に見て、丘の上を目指します。まっすぐ上れば200メートルほど、斜度も緩い坂道です。僕は、森を抜ける脇道を選びました。足もとに伝わる土の地面の手応えを、心地よく感じながら、ひたすら息を弾ませます。風に揺れて擦れる木々のささやきと、枝を渡る小鳥のさえずりが、耳をくすぐります。胸いっぱいに森の空気を吸い込みながら、僕は坂道を一気に駆け上がりました。

 

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シャイヨー宮からの景色は、見慣れた景色です。この場所に、これまで幾たび立ったことでしょう。今日も無数の観光客が、代わる代わるに場所を譲り、カメラ目線でポーズをとります。ほんの少しの間だけ、ランニングウォッチを止めて、僕も今日の景色を楽しみました。

この場の景色は、変わらず美しい!

何度この場に立ったとしても、このパノラマに飽きることはありません。

 

しばしの休息の後、はやる気持ちを抑えながら、僕は森の坂道を下りました。足は確実に地面をとらえ、体の弾みを加速します。風ひとつない森の空気が、勢いづこうとする気持ちを鎮めてくれます。坂を下ったセーヌの河畔で、信号待ちをしながら、エッフェル塔を見上げます。さぁ、今度は、エッフェル塔の向こう側、シャン・ド・マルス公園を走るぞ!!

 

『シャン・ド・マルス』は『マース(戦いの神)の広場』、かつて、ここが練兵場だったことに由来します。総面積24.3ヘクタール、外周約2キロの長方形で、短辺の両側にエッフェル塔陸軍士官学校を配しています。今日は気の向くままに、公園の雰囲気を楽しみながら、向こう側の果てまで走って返ってくる予定です。

 

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エッフェル塔には、入場待ちで並ぶ人々の列ができていました。観光客と土産物売りの間を縫うように、僕は公園に向かって走りました。やがて公園に入ると、砂利の小径を避けながら、注意深くルートを探します。柔らかな陽射しが、体に当たります。ひなたを走れば暖かく、ひかげを走れば涼しい。午前の空気を体に浴びて、僕は存分に羽根を伸ばし、青空を見上げます。

広々とした大空の下、大地を走る自分は、あまりにちっぽけな存在だ!

エッフェル塔から遠ざかり、そしてふたたび、エッフェル塔にもどってくると、深い呼吸を繰り返し、走るリズムを保ちながら、僕は表の道路に飛び出しました。

 

シャイヨー宮からシャン・ド・マルスを巡るルートを走った距離は、3.5キロほどでした。坂を上がり、坂を下り、緑の森を駆け巡り、広々とした平地を走って、いよいよ体が躍動します。セーヌ川沿いを淡々と走った後に、起伏が体に刺激となり、直後にフラットな土地を走ることで、気分はますます高揚し、走る楽しさに心が躍ります。

ここまで10キロあまりを走ってきて、鼓動が高まり、汗もにじんでいましたが、ほとんど疲れを覚えることなく、折り返し後半へとランニングは続きます。

 

エッフェル塔周辺の観光客の賑わいを通り過ぎながら、たった2日前、その人混みの中に自分がいたことを想うと、ソワソワと心の中がざわつきました。

さっきすれ違ったランナーは、パリに住んでいるのでしょうか?

ひょっとしたら、僕と同じように、遠く異国からやって来たランナーだったかもしれません。

 

その4に続く

 

筆者へのメール:kasumi@tokyo.ffn.ne.jp