『走る詩人』加澄ひろしです。
詩誌『詩人会議』9月号の投稿欄に掲載していただいた詩です。
「前ぶれ」
ヤマブキの、ナノハナの、
首をのばすタンポポの、
黄色があざやかだ
風に揺れて、手招きしている
しきりに、手をふっている
サクラは、色あせてしまった
深々と、みどりにつつまれて
はなやかだった、森の入り口で
おだやかに、夏を予感している
樹は、乾いた鎧を脱ぎ捨てた
薄い苔の衣をまとい
ひざしのめぐみを待っている
いや、もうすでに
陽を受けて、高みの風に
幹を揺すっている
揺れるたび、芽をのばし
葉をひらき、繁みをひろげる
鳥は、隠れ場所をみつけた
姿なく、声だけが響いている
梢は鳥を、花は虫を、呼んでいる
草の葉に、足が深くしずむ
踏むたび、音で跳ね返す
黄色い、白い蝶が
ヒラヒラと舞い、通りすぎて
いつとはなしに、見失ってしまう
ひざしが熱い、風が涼しい
忘れかけていた、汗の記憶だ
無数の花、無数の虫
無数の枝葉、無数の草葉
数えきれない命のいとなみは
生まれ、そして朽ちていくために
今を生きる意味を、問い続けている
©2022 Hiroshi Kasumi